記録3 クレタ島(クノッソス宮殿・マリア遺跡・スピナロンガ)

【旅のルート】
クレタ島滞在。一日目はクノッソス宮殿跡と考古学博物館、二日目はマリア遺跡とスピナロンガへ。

 

イラクリオンの薄暗いユースで朝を迎えた私は、パンにサラミとオリーブのペーストを塗ったサンドイッチを作り、朝一番でクノッソス宮殿へと向かった。バスで約30分と町からは近い。宮殿の入口でお金を払おうとしたら「無料だ」という。何でだろう?今日が特別な日なのかと思ったが、帰り際に見ていたらみんなお金を払っていたので、早朝割引なのかもしれなかった。しかし、この後に行くことになる考古学博物館も「無料」と言われたので、早朝割引ではないらしい。学生だと思われたのかも。いずれにせよ、何でも入場料の高いギリシアで、1500円も節約できたのはありがたいことだった。

開館したてのクノッソスには、まだ誰も人がいなかった。王宮をながめながら、作ってきたサンドイッチを広げて朝食を取る。何て幸せ!遺跡の周りには花が咲き、空気はすがすがしい。遺跡見学は観光客が来る前に限る。

クノッソスは長い間、伝説の迷宮として語られているに過ぎなかった。神話によるとクレタのミノス王がミノタウロス(ミノス王の妃と牡牛の間に生まれた半獣)を閉じ込めるために作ったのが、迷宮ラビュリントス。しかしそれが単なる神話はなく、実在した宮殿だったことが、20世紀になってから考古学者アーサー・エヴァンスの手で明らかになる。この迷宮を作ったとされるエダイダロスは、その秘密保持のため共に迷宮に閉じこめられ、その子共はロウで羽根を作り逃げだそうとするが、熱で溶けてしまった・・・。私たちにもなじみ深い、イカロスのことだ。

遺跡を見ているだけでは当時の様子を想像するのが難しいかも知れないが、考古学博物館の復元模型をみると、その様子がよく分かる。まさにラビリンス、巨大で複雑な建造物が、はるか3700年もの昔この地に作られ、多くの人々が暮らしていたのだ。

宮殿は神殿として機能していた西側と、王宮として機能していた東側とに分かれている。数多くの部屋、倉庫、神殿の跡に圧倒されるが、中でも興味深いのは女王の間。かわいらしいイルカと明るい色彩に、太古の女性の繊細さをかいま見ることが出来る。

ここにかつて王や女王がいて、多くの人々が牡牛を神とあがめ、独自の高度な文明を花咲かせていた。3700年前もの昔でも、人々は私たちと同じように笑ったり怒ったり、恋をしたりしたのだろう。人間の営みは今も昔も変わらない。どんな会話をしたのだろう、どんなことで悩んだのだろう・・・。3700年前の人々の様子を思い描きながら、たっぷりと早朝の散策を楽しんだ。


★クノッソス宮殿入場料:ガイドブックによると、考古学博物館との共通券が10ユーロ、単独だと6ユーロ。私の時はなぜか無料。


二日目は、絵はがきで見た小さな島、スピナロンガへ行った。
小さな島が写っているだけの写真だが、その島全体が城壁で覆われ、まるで海に浮かぶ城塞。ぜひ行ってみたいと聞いてみると、「スピナロンガ」という所だと言うことが分かった。今日はマリア遺跡にも行きたいと思っていたので、午前中にマリア遺跡、午後にスピナロンガへ行くことに決めた。

8:00の便でマリア遺跡へと向かうが、バス停には何の表示もなく、乗り過ごしが心配だったので、車掌さんに「マリア遺跡に来たら教えてね」と声をかけておいた。あとは安心して乗っていればよいはずだったのだが・・・。

マリアの町を過ぎ、そろそろかなと思って車掌さんに声をかけると、「しまった!!」というカンジ。どうやらたった今、通り過ぎてしまったらしい。ええーっと愕然としている私に、しきりに「ノープロブレムだから!」と繰り返すおじさん。うわー、どうしよう、マリア遺跡はどちらかというとおまけで、メインはスピナロンガ。スピナロンガへ今日中にたどり着くか不安だったので、時間を多めにみていたのに、とほほである。

まぁ、でも、ハプニングは旅につきもの。もっと強くアピールしていなかった私が悪いのだ。次のバス停でおり、反対方向のバスに乗ろうとすると、おじさんが俺に任せろ、という。もういいや、こうなったらマリアは捨てて、このまま終点のアギオス・ニコラオスに行っちゃおう、と心に決めていたら、おじさんがナプレスという所で一緒に降りてくれた。ちょっとした大きな街で、ここでイラクリオン行きのバスを待とうというのである。

待つこと40分、すでに予定より1時間以上押していたが、仕方がない。おじさんと再びバスに乗り込み、走ること10分。ようやく最初の目的地、マリア遺跡に到着した。おじさんに、マリアの次はスピナロンガへ行くつもりだと言うと、「次はアギオス・ニコラオス行きのバスに乗りなさい。」といって、マリア遺跡からのバスの時刻も教えてくれた。おじさん、なんて優しいの・・。

マリア遺跡は、クノッソスと同じミノア時代のもの。マリア遺跡の後ろには海が広がり、歩いていると気持ちがいい。クノッソスよりも手が加えられていなくて、大抵の所に入ることが出来るので、建物の規模が分かって面白い。「こんにちは、お邪魔しマース!」といちいち住居跡を歩いていると、あっという間にバスの時間になってしまった。これを逃すと、一時間後だ。まだ間に合うかしら・・・、とバス停に急ぎ足で向かうと、ちょうど向こうからバスが見えた。車掌のお姉さんに「おめでとう!ラッキーだったわね!」と言われ、朝のロスも全て解消したようないい気分になった。

実際、アギオス・ニコラオスでバスを乗り換え、お昼過ぎにはスピナロンガへの船着き場がある港町、エルンダに到着した。

なるほど、湾の中州のようなカンジで、小さな島がぽっかりと浮かんでいる。小型ボートで約20分。ようやく絵はがきの島へと上陸した。

遺跡は、すばらしいものだった。

ここを押さえられては、敵は内側の港には入ってこれまい。完璧な天然の城塞だ。島はぐるりと無駄のない城壁で囲まれ、内側の廃墟には花が咲き乱れていた。島の東側は断崖絶壁、その上にがっちりとした城壁が作られ、島の西側にはかわいらしい町が、そして南側の静かな入り江には港が作られている。

ついこの間まで人が住んでいたような廃墟に、色とりどりの花が咲く。周りの海の色もとびっきり美しいので、マイナーだけどぜひ行って欲しい、そんな所だ。おとぎの国を散歩しているような気分になれる、すばらしい遺跡だった。

小型ボートは1時間後に再び私たちを迎えに来た。
あんまり美しい海が広がっていたので、しばらく海の上に張り出したカフェで休憩。これでコーヒーがおいしかったら文句ないのだけれど。カフェの周りではカモやアヒルが泳ぎ回り、透明度が高いので魚が泳いでいるのも見える。静かで、一休みには最高の場所だった。

バス停で帰りのバスの時刻をチェックすると、次のバスは17:00だという。かなり時間が余ってしまったが、エルンダのかわいらしい町を散策したりして過ごした。17:00のバスを逃すと次は19:00。逃したら大変、とバス停で早々に待つが、17:00をかなり回ってもやってこない。もしかして、さっき観光客のバスだと思って気にしていなかった、あれがそうだったのかも・・・、とかなり不安になり、きょろきょろしていると、一台のバスがやってきて、タクシーの運転手さんたちが一斉に立ち上がり、私にバスが来たことを教えてくれた。女の子が一人、不安そうにバスを待っているのを、ちゃんと見ていてくれたのだ。ギリシア人の優しさに、これからも何度も助けられることになる。

本来なら、クレタからペロポネソス半島へ船で向かう予定だったのだが、意外にクレタ島は大きく、その港まで時間がかかる上に、フェリーは週1便程度ということが分かったので、翌日、飛行機でアテネに向かうことに決めた。7:00発だと72ユーロ、1:50発だと94ユーロ。9:00が一番安い64ユーロなので、これを使った。

アテネへの飛行時間はわずか40分ほど。フェリーなら一日かかるところなのだけど。上空から見ている風景も楽しい。小さな島からは噴煙があがっていたりして、飽きることがなかった。

思いがけずここまで一週間がかかってしまったが、ようやくギリシア本土に上陸した


★イラクリオンからスピナロンガへは、まずアギオス・ニコラオスまでバスで行き、そこからエルンダへのバスに乗り換える。エルンダからは30分おきに小さなボートが出ており、一時間後に迎えに来てくれる。欧米人の観光客に人気のスポットらしい。


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