フィリピン −セブ島、そこは呪術的な島−

 フィリピンには何度か行ったが、中でもセブ島に行ったときのことは忘れられない。母の友人が信頼しているというシャーマン(呪術師)に会いに行ったのだ。



 私はおおよそ占いとか、奇跡とかいう非科学的なことは信じない。もちろん、このときも「シャーマンに会いに行って病気を見てもらう」と言われて「は??」と問い返しただけだった。行こうと思ったのは、母がコロッとだまされてしまうタイプなので、変なモノでも買わされたらどうしようと心配だったからだ。

 

 確か大学4年の春。よくよく聞くと、5日後だという。うーん、相変わらずむちゃくちゃな計画ぶり。しかし、一緒に行く母の友人のパスポートの期限が切れていたので、それが発行される一週間後の出発となった。母の友人と母、それに4つになった妹の4人旅行だ。フィリピンはマニラで乗り換え、セブに降りたった。セブ島といえば、日本でも有名なリゾートアイランドで、訪れたことのある人も多いだろう。ダイビングなどマリンスポーツを楽しんだり、ホテルで優雅なひとときを過ごしたり。間違ってもシャーマンを訪れる変わり者はいないハズだ。空港に出迎えてくれたシャーマンだという男は、太って陽気な11人家族の大黒柱だった。上は24歳、下は生まれて数ヶ月のベビーで、この子ども達がわんさかと迎えに来てくれたのだからすごい!

 それにしても、シャーマンというのは一体なんなのか。辞書によると、「特異な精神状態に入って、神霊・精霊などと直接的に接触・交渉し、治療・預言・悪魔ばらい・口寄せなどを行う呪術師」で、日本で言う沖縄地方の「みこ」や東北地方の「いたこ」などがその例だという。うーん、ますます胡散臭い。話しで聞く分にはおもしろ半分に聞けるのだが、現実となるとそうはいかない。断固としてそんなことは信じられないのだ。

 目の前にいるこのおじさんがシャーマンだと言われても、全くピンとこない。なんとなく胡散臭さがあって欲しいモノだが、彼はどうみても陽気なフィリピーノ。9人の子ども達をもつ、ふとっちょのおじさんだ。彼は家族総出で、私達を家に招き、たくさんのご馳走を用意して歓迎してくれた。長女が私の1つ下ということで、特に親切に世話をやいてくれた。話しを聞くと、シャーマンは普通に日々の生活に溶け込んでおり、家庭医と同じような役割を果たしているのだという。こぎれいなその家は、同行した母の友人が彼へのお礼に建てたモノで、いつも彼女が来るとこの家を彼女のために使うのだという。母の友人はそこで寝泊まりをしていたが、私達3人はそこから20分ほど離れていたホテルに泊まっていた。

 この時のパック旅行がまた安かった。往復の航空運賃と4泊5日のホテル代、それにマニラからセブのトランスファーがついて、確か5万円ほどだった。円高最高潮の頃の話だ。よっぽどのおんぼろホテルだろうとまるで期待していなかったのだが、案内されたのはこざっぱりとしたわらぶき屋根の、優しい感じのビーチに面したホテル。全て一戸建ての平屋で、バスタブはないがシャワー室と大きなベットルームがあり、外は青々とした芝生、椰子の木がゆれる向こうには、サンゴ礁の美しい遠浅の海が広がる。真ん中にかわいいプールがあり、左にレストランがある。さらに毎日おいしいアメリカンスタイルの朝食付きだった。家族での海外旅行は初めてだったし、妹が小さかったので不安だったが、朝はプール、昼はシャーマン宅の子ども達と大はしゃぎで、とても楽しかったようだ。



 家は相変わらず子ども達がはしゃぎ回って、騒々しかった。外は暑い日差しが照りつけ、鶏たちがキギャースギャースと鳴いている。その中で、「さあ、はじめよう。そこに座って」という。ええ??今、ここでやるの?というような状況の中、シャーマンは呪文のようなものをぶつぶつと二言三言唱えたあと、私をいすに座らせてマジナイを始めたのだった。昔話題になったサイババを憶えているだろうか。あの、空中からハリをだすというヤツ。私は詳しくは知らないが、どうもそれと似ているらしい。二・三回、手を振ったかと思うと、「何か」をつまむような指つきで、その先端が私の肌に触れた。

 チクチクする!私の目にはもちろん、何も見えない。その「何か」がチクチクと腕、頭、背中と移動していく。痛いところが悪いところだ、ということだった。その「何か」は、針よりももっと細いようなモノ、そう、電気のそれによく似ている。さらに「何か」は私の手のひらに移動した。プスリ、と音はしなかっただろうが、私の手のひらに「何か」がささった。血がぷつっと小さく吹き出した。ありえない!!針のはずがない。だって、それは私の手のひらの中を、彼の手の動きに会わせてぐりぐりと移動したのだ。針をさして、それが手のひらの中を移動するなんてコトが、あるだろうか。もし、指先から電気のようなものがでているのだとしたら、納得がいく。とにかく、そういったカンジだったのだ。彼は手のひらを見ながら、私の未来を予言した。やっぱり、シャーマンはそういったこともするのだ。治療もし、未来も予言する。私はそういったことはからきし信じないけど、でも、こういう不思議な力というのが存在するのだ、ということを知った。

 不思議な時間が過ぎて、いつものようににぎやかに食事が始まる。聞くと、わざわざ私達のために近所の料理人を呼んで作ってくれていたとのことだった。初日は近くのバンドが私達のために歌いに来てくれ、その村をあげての歓迎、という具合だった。子ども達と一緒に海にも行った。観光客用の海は美しく整備されていてお金もかかるので、地元の人々は入れないのだと言い、地元の人が良く行くというビーチに連れて行ってくれた。日本でもお目にかかれないくらいの汚いビーチ。いろいろなものが浮かぶ海につかりながら、たくさんのことを話したのを憶えている。ビーチリゾート・セブ。そこには地元の人が行けない美しいビーチが広がり、人々はそんなものとは無縁で、シャーマンに頼って生きている。そのころ、首都マニラには、巨大なスモーキーマウンテンというゴミの山があり、そこでゴミを拾いながら生活している人々もいたのだと知ったのは、その一年以上もあとのこと。子ども達と教会に行き、そこではフィリピンの人の素朴な信仰心に触れた。

 私が、ニンゲンのいろいろなものに触れた、最初の旅だった。



 私はここにきて、はじめてマンゴーを食べた。こんなおいしい果物があるなんて!私が大喜びで毎食食べるので、ぜひ日本に帰って食べてもらおうと思ったのだろう、たくさんのマンゴーをお土産にくれた。見事空港の検疫に引っかかり、私はそれを持ち帰ることはできなかった。捨てるのはあんまりにも悲しいので、母とお腹が破裂しそうになりながらも、空港のイスでマンゴーをほおばった。二人ともおなかを壊したのは言うまでもない・・・。

モドル

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