2日目 銀川 西夏王陵、賀蘭山岩絵

朝は早々に起きた。旅行社に朝一番に行き、車をチャーターするためだ。西夏王陵と賀蘭山岩絵を訪れるために銀川に寄ったようなものなのだが、適したツアーが見つからず、ツアーがないのなら車を手配しようと思ってたのだ。朝一番なら、たまたまそのどちらも訪れたいという人が他にもいれば便乗できる可能性もある。そう思って出かけようとすると、フロントデスクのお兄さんが居たので、「ここに行くつもり」とガイドブックを指さすと、彼がそこに電話をしてくれた。日本語の出来る人がその旅行社にはいるらしいと筆談で伝えて、それを電話口で伝えてもらうが、帰ってきたのは「メイヨー」の一言。ガイドブックには日本語も英語もOKとなっているが、そんな人はいないらしい。普通ならタクシーをチャーターすれば良いものだが、交渉時に面倒があったり、運転手が道を知らないと言うことがある、と聞いたので、旅行社を通じて手配したかったのだが。どうしようかなぁと困っていると、今度は別の女性がやってきて、新聞広告の旅行社の欄を見て、次々と電話をかけてくれた。30分ほどたったころ、英語が話せるという旅行社にたどり着いた。本当に親切なホテルだ。他の場所では考えられない。

 

さて、その旅行社はすぐにガイドも手配できるという。英語ガイド込みで車一日チャーター400元。ガイドブックによるとチャーター代だけで400元というから、ちょっと安い。それでも少しおまけしてもらって、350元(約\4,700)。かなり高いがもともと予想していた出費なので仕方がない。ちなみにこの銀川の現地ツアーは、西夏王陵といくつかのポイントを回って180元。もともと結構なお金がかかってしまうようだ。

待つこと30分、ガイドのワンさんが現れた。この町には日本語を話す人がたくさんいるが、そういった人はみんな日系企業へ行ってしまい、こうしたガイドなどの仕事はしないのだと彼はいう。町の郊外には現在日本企業の協力を得て、巨大な高級住宅街を作ろうとしているのだという。砂漠の真ん中にあるように見えるのに、町は確実に広がっているようだった。

まず訪れたのは銀川の北に位置する「海宝塔」。塔は11層、50メートル以上の高さがあり、ここから銀川・黄河を臨むことが出来る。すっきりと晴れていれば銀川を取り囲むような賀蘭山が見れると言うが、空中を舞う砂で山々は拝めなかった。

次は銀川でのメインである「西夏王陵」。広大な敷地にポツン、ポツンと点在している西夏時代の遺跡だ。西夏はご存じ井上靖の「敦煌」の舞台となった王朝で、その建国者が李元昊。西夏王陵に着工したのはこの李元昊だという。西夏文字に心を奪われた漢人である主人公・行徳は、数奇な運命に身をゆだね、西夏、そして果ては敦煌へとさすらう。その主人公と同じルートに私はいるのだ、と思うだけで胸が熱くなった。

西夏王国の陵墓群はほとんど砂漠化したステップ草原にあった。季節が悪かったのか、ゴビ砂漠から飛んでくる砂で目を開けるのもつらいほど。砂が目に入らないよう、タオルで顔を押さえながら歩くので視界が悪い。ゲートからまっすぐに進むとまず右手に博物館があり、そこで西夏王朝のことが学べるようになっていた。


西夏王陵
西夏王陵までの公共交通手段はない。ツアーに参加するか、タクシーをチャーターするかだ。ツアーは西夏王陵をメインに他も2,3訪れるコース、賀蘭山をメインにしたコースがあり、この両方を訪れるツアーはなかった。日程的に余裕があればこれらに分散して参加しても良い。中には自転車でトライするチャレンジャーも・・・。

海宝塔の入口。北京などの建造物とは全く異なった趣がある。 海宝塔。中国でも最も古い塔の一つだとガイドさんは言っていたが、これは18世紀に再建されたモノ。
海宝塔のてっぺんから。街全体が砂かぶってます・・・。格子にかかっているのは大きな錠。恋のおまじないなのだとか・・・。
ついにきた!西夏王陵だ。こういった王墓が広大な面積に点在する。 いかにも廃墟ってカンジが最高です。 これが西夏文字。漢字よりもずっと複雑で美しい。入口のハンコ屋さんでは、西夏文字でハンコを作ってくれる。

博物館を出ると、砂煙の向こうに王陵墓が見えた。

吹きすさぶ砂嵐の中に、長い年月で風化しつつあるこの遺跡を見ると、遙か古代へとタイムトリップしたような気分になる。私は遺跡の中でも、このような土塊が大好きなのだ。栄枯盛衰・・・、それを絵に描いたような遺跡であった。


賀蘭山岩画
賀蘭山山脈の間を流れる渓谷に、文字や絵が刻まれている。撮影の許可には200元も払わねばならないので、泣く泣くあきらめた。車一日チャーター+英語ガイドで350元だからなぁ・・・。

おお、ついに!!残念ながら入口のみ写真でお見せできます。。
絵を撮影しなければいいよ、というので川だけ。澄んだ水を湛えていました。
この渓谷沿いにさらに奥へ奥へと進んでいくと、3日くらいでモンゴルへ抜けるそう。行ってみたい!!
賀蘭山岩画の近くにある二つの塔。こちらはなで肩で女性的。 こちらはするどく男性的。拝寺口双塔という中国名。 砂でけぶる山脈をバックにそびえる塔はとても神秘的でした。観光客はゼロ。


車を賀蘭山山脈沿いに走らすこと小一時間。お昼抜きでの強行軍の最終目的地は「賀蘭山岩画」だ。賀蘭山は内蒙古自治区との境界線にもなっている山脈で、その不思議な絵はこの山脈の間を縫う、小さな川の両壁に描かれている。どのくらい前に描かれたものなのだろう、それは非常に原始的で素朴だ。主に動物をモチーフにしたモノが多いが、中にはここのシンボルになっている「賀蘭山岩画のモナリザ(?)」のように人間を描いたモノもある。ふくよかな顔つきに見開いた目、なんともユニークだ。

しばらく小川沿いに散策した後、ガイドさんが気を利かせて、この遺跡の近くにあった双塔へ連れて行ってくれた。「拝寺口双塔」は男性の塔、女性の塔(本当は何て言うのか知りません。ガイドさんが分かりやすく、そう英語で説明してくれた)と二つの塔があり、墨絵のような山脈をバックに寂しげに建っていた。ものすごい砂嵐に飛ばされそうになりながら必死に見学させていただいた。

銀川の街に戻ってきたのは夕方で、少し昼寝してから昼食兼夕食を取りに街へ出た。焼きうどんとイスラム料理(清真料理)の代表格であるシシカバブをほおばった。


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